名物解体新書
玉ひでの親子丼はこうしてつくる!|玉ひでの親子丼⑥

玉ひでの親子丼はこうしてつくる!|玉ひでの親子丼⑥

「玉ひで」の創業は宝暦10年。20の年号を超えて、次は令和へと歩みだす。江戸時代より受け継がれている親子丼の解体新書。八代目主人の山田耕之亮さんが親子丼のレシピを披露して、大団円となります。

ついに辿り着いた親子丼の秘密。

山田耕之亮さん
「玉ひで」八代目主人の山田耕之亮さん。生涯でつくった親子丼は、50万杯を超える。

「玉ひで」の親子丼の神髄を知るべく、食材探しから始め、いよいよ親子丼づくりに挑戦するときがきた。
レシピは、すでにテレビや雑誌などで紹介されており、筆者も研究してきた。これまで何度か挑戦してみたけれど、納得できる親子丼はできなかった。
玉ひでの厨房で、山田耕之亮さんが親子丼をつくっている姿を見れば、秘密がわかるかもしれないと、ランチの営業が終わったばかりの玉ひでを訪ねた。

「寶本」「本膳」「東京しゃも」「白身の多い卵」
「寶本」「本膳」「東京しゃも」「白身の多い卵」。ひとつとして欠けても、玉ひでの親子丼は完成しない。

江戸時代から続く玉ひでの親子丼

材料材料 (1人分)

鶏もも肉40g
鶏むね肉32g
2個(LL)
白米210g
割下 ※
・ 味醂150ml(賽本)
・ 味醂50ml(丸もち)
・ 醤油100ml(本膳)
・ 水200ml
鶏ガラスープ適量
※つくりやすい分量(80ml使用)

下準備

鶏肉は皮を剥がし、脂肪や筋を取り除いて、8gになるように切り分ける。
割下の材料をすべて鍋に入れて強火にかけ、沸騰したらもも肉を加え、表面が色づいたら火を止める。別の鍋で鶏ガラスープを温め、むね肉を入れて8分弱火で煮込む。もも肉とむね肉はザルにとっておく。割下は1人前80mlを使用。使わない分は冷蔵庫で保存する。
蓋付きの丼にごはんをよそい、平らにならしておく。

鶏肉についている皮と脂肪は、余分な脂が出るので取り除く。
皮と肉の間に、指を入れてひき剥がす。
肉についている脂肪と筋を丁寧に取り除く。
山田さん曰く「鶏肉を綺麗に下ごしらえしなければ、おいしい親子丼にはなりません」。
鶏肉は約8gになるように切る。ちょうど一口で食べれる大きさ。

1 鶏肉と割下を温める

親子鍋を温めるために、湯を沸かす。沸騰したら鍋を空にして、下準備で火を入れた割下80mlを中火で温める。もも肉5切れとむね肉4切れをくっつかないように散らす。

もも肉とむね肉を等間隔に散りばめることで、どこから食べても肉と卵が一緒に口に入るようにする。
もも肉とむね肉を等間隔に散りばめることで、どこから食べても肉と卵が一緒に口に入るようにする。

2 卵を混ぜる

1を温めている間に、卵2個をボウルに割り入れ、溶きほぐし、注ぎ口のある容器に移す。

卵は、白身が箸でつまめるぐらいに混ぜる。コシのある白身がふんわりとした食感になる。
卵は、白身が箸でつまめるぐらいに混ぜる。コシのある白身がふんわりとした食感になる。
流し込む卵の量を調整するのに、注ぎ口のある容器が良い。
流し込む卵の量を調整するのに、注ぎ口のある容器が良い。

3 卵を回しかける

割下が煮立ち始めたら、卵の3/4の量を回し入れる。沸騰してしまうと、すぐに水分が蒸発してしまうので、注意する。

中心から外側へ円を描くように卵を回し入れると、厚みのムラがなく広がる。
中心から外側へ円を描くように卵を回し入れると、厚みのムラがなく広がる。

4 再び卵を回しかける

卵の薄いところがないように、おたまでならす。卵の縁が盛り上がってきたら、残りの卵を中心に回しかける。

箸でつついて様子を見たくなるが、形を崩さないためにもじっと我慢。
箸でつついて様子を見たくなるが、形を崩さないためにもじっと我慢。
卵を2回にわけてかけることで、2度目の卵が半熟になり、親子丼のとろりとした食感を生む。
卵を2回にわけてかけることで、2度目の卵が半熟になり、親子丼のとろりとした食感を生む。

5 盛り付ける

縁の方から滑らせるようにして、ごはんの上にのせる。
丼の蓋をかぶせ、余熱で表面の卵を温める。3分待って、でき上がり!

2度目の卵に火が通り過ぎないように、すばやくごはんの上へ。
2度目の卵に火が通り過ぎないように、すばやくごはんの上へ。

教える人

山田耕之亮

山田耕之亮

1961年、東京都生まれ。江戸時代から続く「玉ひで」八代目主人。法政大学社会学部応用経済学科卒業後、日本料亭などでの修業を経て、「玉ひで」へ。1998年に八代目を継承。鳥料理の研究に余念がなく「鳥すき」「親子丼」のさらなるおいしさの向上を追求している。

卵の2度かけと、蓋を使って蒸らすことで、ふんわりとろりとした親子丼に仕上がる。
卵の2度かけと、蓋を使って蒸らすことで、ふんわりとろりとした親子丼に仕上がる。

筆者も玉ひでの厨房で親子丼づくりに挑戦してみた。なるほど、先生がいいので、それなりに見栄え良く完成した。
山田さんがつくった親子丼と比べると、違いはあるものの、比べなければわからないレベルだと、さぞ満足顔になっていただろう。すると山田さんが「上手にできたと思ってるでしょ?」とニヤリと笑いながら言った。
「親子丼はそんなに甘くないですよ」

それは一瞬の出来事だった。山田さんは自分がつくった親子丼と、筆者がつくった親子丼を、蓋をかぶせたまま瞬時にひっくり返したのだった!
まさに“天地逆転”だ。丼を外すと、ごはんが上になり、親子丼の見る影はもうない。ああ、撮影する予定だったのに……。

左側が山田さんのつくった親子丼。割下が全体に馴染んでいるのがわかる。
左側が山田さんのつくった親子丼。割下が全体に馴染んでいるのがわかる。

「これを見てください。私がつくった親子丼のごはんには、割下が均等に染みています。もう片方は、ごはんの半分にしか割下がかかっていません。これを食べると、半分は味が濃くて、半分は味が薄く感じるんですよ。これでは、おいしい親子丼とは言えないですね。具を乗せる瞬間、丼を水平に持っていると、ごはんにかかる割下が一箇所に集中してしまいます。具を受け止める丼に少し角度をつけて、鍋を素早く引くことで、ごはんに満遍なく割下がかかるのです」

筆者がつくった親子丼は上っ面だけで、おいしくないということなのか……。成功したと思ったのに、ショックだった。
「私たちは毎日、200杯以上の親子丼をつくっています。その積み重ねで、お客さまに認めていただける腕前になっていくんですよ」

「具を乗せるとき、丼を傾けて持つというのは意外と難しいですよ。水平に持とうとするのは、人間の本能ですからね。一朝一夕では中々できません」
「具を乗せるとき、丼を傾けて持つというのは意外と難しいですよ。水平に持とうとするのは、人間の本能ですからね。一朝一夕では中々できません」

「親子丼はファストフードではなく、完成された料理です」という山田さんの言葉が印象に残った。実際につくり方を教わると、なるほどと膝を打つ思いだ。
鶏肉の下処理ひとつを見ても、細かな筋を丁寧に、すばやく取り除いていた。横で見ていると「こんなところにもスジがあったのか?」と驚いた。
よく“道を極める”というが、山田さんの仕事ぶりを見て“極めると道ができる”という思いがした。
玉ひでの親子丼は“親子丼道”のなせる技だと実感した。筆者もここで諦めず折に触れ、親子丼をつくり続けようと決心した。

おわり。

山田とくさんの写真
親子丼の発案者である山田とくさんの写真は、店内入り口に飾られ、毎日親子丼が捧げられている。
店内
隅々まで磨きあげられた店内で、玉ひでの親子丼を求める人を迎え入れる。

店舗情報店舗情報

玉ひで
  • 【住所】東京都中央区日本橋人形町1-17-10
  • 【電話番号】03-3668-7651
  • 【営業時間】親子丼は11:30~13:30(入店)、コース料理は11:45~13:30(L.O.)、17:30~21:00(L.O.)
  • 【定休日】不定休(店のホームページに告知)
  • 【アクセス】東京メトロ「人形町駅」より1分

文:鈴木桂水 写真:山出高士

鈴木 桂水

鈴木 桂水 (ライター)

編集と執筆、ときどき写真。美食家になれない、食いしん坊の知りたがり。好奇心が強すぎて人気のラーメン店や餃子店に頼み込んで修行をしたことも。おかげで麺許皆伝。“料理の前”も知りたくて、いまは生産地巡りの日々。