食いしん坊倶楽部部長・植野が2023年に“印象に残った”16皿
2023年印象に残った16皿⑨青森・弘前「わいんぱぶ ためのぶ」の"カツカレー"

2023年印象に残った16皿⑨青森・弘前「わいんぱぶ ためのぶ」の"カツカレー"

念願かなってやっと訪れた弘前の店でワインを飲みながら食べた洋食はどれも笑顔が絶えない幸せな料理。たらふく飲み食いして、でも最後のカツカレーまで美味しく食べられてしまう“ふくあじ”な店でした。

3度目のチャレンジでやっとたどり着いた“ふくあじ”

それは約4年前のことでした。dancyuの連載「一食入魂」でお馴染みの放送作家・小山薫堂さんが、「青森の弘前に『ためのぶ』という、“ふくあじ”の凄い店があります。是非、雪が積もっている時に行きましょう!」と言うのです。“ふくあじ”とは「ただ美味しいだけではない、思わず笑顔になれる幸せの味。満腹と、おふくろと、幸福で“ふくあじ”」と薫堂さんが10年以上前から提唱している味わいのことで、以前から僕も一緒にふくあじの店を追い求めています。

それは是非行きたい!ということで2020年3月に弘前に一緒に行くことになりました。羽田空港から青森空港行きの便に乗ったのですが、青森空港上空で3周ほど旋回した後、アナウンスが流れました。

「大変申し訳ありませんが、強風のため着陸できません。羽田空港に引き返します」
その後、コロナ禍のために訪れる機会を失い、それでも2022年3月に再度チャレンジしようとしたところ、「まだコロナ禍が残っているので店を休んでいる」とのことで断念。
そして、2023年2月、ついに念願かなって雪の中を「ためのぶ」を訪れることができたのでした。

雪景色
外観

弘前に着いたのは辺りが暗くなった頃で、降り積もった雪明かりと寒さの中、歩行者がすれ違えないような細い道を歩き続け、やっと「わいんぱぶ ためのぶ」の赤い看板が見えたときにはそれだけでホッとしました。

主人
撮影=小山薫堂

山小屋のような店内で出迎えてくれたのは、温和な雰囲気のご主人。その柔らかい笑顔を見ただけで、初めてなのに実家に帰ってきたような寛いだ気分になりました。薫堂さんが「雪の中を歩いていくのがいいんです」と敢えて雪深い季節にした理由がわかりました。
事前に料理もお願いし、ワインの持ち込みも了解していただいたので、さっそく宴会(?)の始まりです。

ハンバーグ
漬物
海老とポテトのグラタン

牛肉のたたき、ハンバーグ、そして頼んでいないけれど白菜の漬物、チーズフォンデュ、海老とポテトのグラタンと、胃に馴染む優しい味の料理が続きます。と、ここでご主人が「刺身の美味しい食べ方知ってっか?」と言い出すと、厨房でカジキの刺身をヅケにして海苔で巻き、それを並べた皿を出してくれました。あれ、ここは洋食の店では?「これはオレのおかずだったんだけどな。これが一番うめえんだ」

ビーフシチュー
ナポリタン

それからビーフシチューが出てきて、締めはナポリタン。どちらも、家庭的な味わいで、でも食べ進むうちにその安心感がとても贅沢なことであるような気がしてきました。どの料理も、食べる人を心から笑顔にするからです。後で写真を見ると、薫堂さんも僕も、料理をつくる合間にテーブルに来て一緒にワインを飲んでいたご主人も、みんな穏やかな笑顔になっていました。

カツカレー
カツカレー

ナポリタンを食べた段階でかなりお腹いっぱいになっていたのですが、「カツカレーも食うか?」というご主人の言葉に、笑顔の食欲が復活します。皿にご飯を盛り、とんかつをのせてテーブルに運び、鍋を持ってきてテーブルでカレーをかけてくれます。「もっとかけようか?」。もう店で食べているというより、親戚の家でご馳走になっている雰囲気です。

とんかつはカリッとしっかり揚げてあり、カレーはスパイスが効いているものの、やはり家庭的なやさしい味わい。不思議なことに、すごく満腹であったのに、カツカレーもするする食べてしまいました。それは、カレーの味はもちろん、笑顔も一緒に味わっているからだったのでしょう。

翌日の朝、満腹と笑顔を抱えたまま、東京に戻りました。我々は夕飯を食べるためだけに弘前まで行ったことになりますが、それも含めて最高の“ふくあじ”でした。また夕飯を食べに行きたいなぁ、雪の中を歩いて。

文・写真:植野広生