シネマとドラマのおいしい小噺
フュージョン料理に託した少年の想い|映画『エイブのキッチンストーリー』

フュージョン料理に託した少年の想い|映画『エイブのキッチンストーリー』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第32回はブルックリンが舞台の映画から。宗教や文化の違いでバラバラになりそうな家族のために奮闘する、料理好きの少年エイブ……ひたむきな姿に心が締め付けられます。

ブルックリンに住む12歳のエイブ(ノア・シュナップ)は、料理が大好きな男の子。けれど彼には悩みがあった。イスラエル系の母、パレスチナ系の父という複雑な家族のもと、楽しいはずの食卓で食べ物をめぐる諍いが絶えないのだ。

そんなエイブが出会ったのは、ブラジル人シェフ・チコ(セウ・ジョルジ)がつくる、世界各国の味を融合させた「フュージョン料理」。そして、自分も食べ物で家族を結び付けられたらと願うようになる。彼のけなげさ、料理に対するひたむき、さらにフュージョン料理の魅力に心動かされる映画である。

チコの厨房は、色とりどりの食材が並びラテン音楽が流れ、ノリノリで底抜けに楽しい。彼の料理をもっと知りたくて、厨房に通いつめるエイブ。少しづつ手ほどきをしてもらえるようになり、毎日が喜びに満たされていく。

下働きから始まり最初に包丁を持ったのは、キャッサバの皮むき。タピオカの原料でもある南米原産の食材だが、エイブはなじみのないもの。しかしチコに教わりながら大きな包丁で切れ目を入れ、懸命にキャッサバの皮をむくエイブに思わずエールを送ってしまう。

「フュージョンは調和」とチコは言い、エイブに奥義を伝えていく。まずは「味の地図」を描くこと。例えば酸味はレモン、苦味はカカオ、甘味ははちみつがシンボルで、あとは塩味とうまみがそろえば地図ができる。そこにオリジナルのアイデアを加え、味をしっかりマスターすること。エイブはチコから授けられた羅針盤を手に、国境なき料理の海へと乗り出していく。

そんな修業の日々でエイブがこっそりつくっておいたレモンシャーベットのエピソードが印象的だ。レモネードの残りを型に流し込み、レモンの輪切りを載せて上からスティックを突き刺しておく。トレイごと凍らせて取り出すと、アイスキャンデーになっている。子供らしい発想ながら、丸いレモンの愛らしさとタイムの香りが効いたおやつは食欲をそそり、チコも満面の笑みを浮かべている。エイブの熱意が伝わり、次は“まかない”をつくってみないかとチコは言うのだった。

エイブのまかないは、創意工夫に満ちた素晴らしい一品になった。ムスリムの祖母が仕込んだラム肉を使おうと思いついたのが決め手。ニンニク、シナモン、コリアンダー、ビネガーの香りが複雑に混ざったマリネ液に漬け込んだ伝統的なおばあちゃんの味を、南米風のタコスにしようというのだから、エイブにもフュージョン感覚が身につき始めている。

頭も手もフル回転でつくるエイブ。紫キャベツを手早く千切りにし、マヨネーズソースにからめる。マリネ液のしみたラムを薄切りにしてグリルし、キャベツをたっぷりのせた。ライムの皮のすりおろしが、味に深みを添えている。エイブの創作タコスは仲間たちの評判を呼び、キッチンは大盛り上がりとなった。

家族を仲良くさせたいエイブは、家でも心を込めて料理をつくり続ける。大人たちはなかなか争いをやめられないが、チコや仲間の存在がエイブにとって大きな後押しとなっていく。

時を経て、家族がチコとエイブの屋台に集まるラストシーン。ドラゴンフルーツ、キウイ、フルーツポンチ、珍しいヘンプシードも入った色とりどりのアイスキャンデーを、皆でわいわいと選ぶ。宗教や文化の違いなど難しい話題はさておき、それぞれに「おいしいね」と笑い合っている。エイブの願いはもう少しで叶いそうだ。

おいしい余談~著者より~
現実に起きてしまったパレスチナでの悲惨な衝突。家族の食卓という幸せのあり方を、あらためて考えさせられます。フュージョン料理は新しさを生み出すだけでなく、人と人の垣根を取り払うことができるのかもしれない。エイブとともに、そんなことを願いたくなります。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。