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土の中からこっそりと顔を出す「松茸」|「岬屋」の今月の和菓子㊱

土の中からこっそりと顔を出す「松茸」|「岬屋」の今月の和菓子㊱

暑い暑い夏を押しのけて、秋の味覚が華やかに登場し始めました。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。

薯蕷饅頭でつくる可憐なデザイン

山芋(薯蕷)を練り込んだ生地で餡を包んで蒸し上げる、薯蕷饅頭。「岬屋」では、季節や逸話を形に写し、成形したさまざまなものが登場する。
今月は秋の実りの象徴、松茸だ。軸のくびれや根元のふくらみが少しずつ違って、とても愛らしい。しかし、薯蕷饅頭で形のあるものをつくるのは、そう簡単なことではないという。

完成した松茸

「生地がしっかりしていないと、形は作れないんだよ」と主人の渡邊好樹さん。
山芋の粘りでふくらみやすくなるから、生地が柔らかいと、蒸した時に形がなくなってしまうのだ。ふくらんだ時にどうなるかを計算に入れて成形しなくてはならない。工程ごとに見極めとコツがいる。

形づくれる薯蕷生地

では、要となる生地づくりから見ていこう。材料は、いつもと同様に、大和芋、上新粉、小麦粉、上白糖。

薯蕷生地の材料一覧

すり鉢の目に対して山芋を直角に当てて、細かく、均一にすりおろしていく。
芋の質によってふくらみ加減が違ってくるので、粘り気が強い千葉県佐倉産の大和芋を指定して使っているが、ものによって多少水分も異なるので、すりおろしながら状態を確かめている。

すりおろし

次は、粉と混ぜ合わせる作業。ふるいにかけた上新粉、小麦粉、上白糖の粉の中に、すりおろした大和芋を練り込んでいく。

ふるいにかける

大和芋を粉にからめ、折りたたんではまたからめる、を繰り返すうちに、少しずつ粉が芋の中に入っていく。

山芋を押し込む

こね上げる時に、水は一滴も加えない。手の温度で、粉に混ざっている上白糖が少しずつ溶け出してくることで、芋と粉がなじんでいく。
手の温度、リズムでも混ざり方は変わってくるから、つくり手によって生地は異なるのだとか。
「力づくで早くやればいいってものではないの。急いだ生地はよくないね。ある程度時間をかけないと」

生地をつくる主人

たっぷりあった粉が、少しずつ芋の中に入っていくのは、少し不思議な光景だ。やがて粉はなくなり、ひとまとまりになる。

生地完成まぢか

手の中で生まれる造形

なめらかな生地が出来上がったら、包みの作業。小分けにして丸めておいたこし餡と、ニッキ(肉桂の樹皮を乾燥させたもの)の粉を用意する。

松茸の材料

薯蕷生地を細長くのばして、小さく切っていく。それを、女将さんが手際良く丸めて薄くのばし、餡玉をのせて包んでいく。
「何気なく丸めているようだけど、きれいに丸めないと、その後うまくのばせないし、包みも均一にできないのよ」と女将さん。

ふたりの作業風景

主人も包みに加わり、どんどん丸い饅頭が出来上がっていく。

丸の成型

ここから主人は、丸めた饅頭を左手の中で転がして楕円形にして、親指と人差し指で軽く持った。
「握ってはだめだよ。指はただ支えているだけ」

まずは楕円

話をしながら、主人は上に出ている部分を、右の手のひらでとんとたたいた。

頭をおさえつける

指で支えていた部分は軸のくびれに、たたいて押しつけられた部分はかさとなって、松茸が姿を現した。
「形をつくろうと思ってやったら、うまくできないの。自然な手の流れでやっているよ」
子供の頃から、作業場に入っておじいさん(初代)がつくるものをずっと見てきたから、体に入っているのかもしれないね、と主人は微笑んだ。

かさの形

造形を締めるニッキ

ここでいよいよニッキの登場。
筆にニッキの粉をたっぷりふくませ、かさの上にたっぷりのせて丸く広げる。

かさに粉をつける

続けて、根元にも筆をちょんとおいてニッキをつけ、余分な粉をふっと吹き飛ばす。
「根元も大事なんだ。ほら、なんだか土がついているように見えるでしょう」

根元を吹く

ニッキの粉は、ある程度たっぷりのせないと、蒸し上がりに色が残らない。しかし、多すぎると、生地の上にたまって固まってしまうらしい。これも塩梅。色づけを終えたら、せいろに並べて蒸し上げる。

蒸しはじめ

火が入ると、ニッキの色は濃くなっていた。
「ニッキに水分が入って、色がしっかり定着するんだ」
少しまだらな部分ができて渋さも増し、より松茸らしく見える。

蒸し上がり

焼きゴテで景色を加える

仕上げは焼きゴテ。コテを持つ右手は全く動かさず、左手でくるりとかさを傾けながら、コテに当てて、端に一本筋をつける。続けて、根元にも細く短い筋三本。
「こうすると、景色がしまるし、立体感が出る」

焼きゴテ

自然で素朴な造形と陰影のおかげで景色が生まれ、茶色の一色だけでも、決して単調にはならない。山の中の枯葉が積もった土の中から、こっそり顔を出している松茸が思い浮かび、見るだけで楽しくなる。

女将さんと旦那さん

冷めてもニッキはしっかりと香り、コテで焼かれた部分には香ばしさも感じられる。皮は、薄くても、ふんわりとした薯蕷らしい柔らかさがあり、上品でなめらかな漉し餡とよく合う。

完成カット
松茸は一個378円。販売は9月末まで。用意がないこともあるので、電話で確認を。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。