大阪呑める食堂
町内の人たちと共に歴史を刻む「今川屋食堂」

町内の人たちと共に歴史を刻む「今川屋食堂」

天王寺からほど近い大阪・東住吉区。観光客の人影は一切見当たらない、静けさ漂う住宅街の一角に「今川屋食堂」はある。町内に暮らす、年配客や家族連れが絶え間なく出入りする昼どき。常客たちがしずかに嬉しそうに、幸せを噛みしめる、いつもの光景がありました。

「どこの食堂にもありそうで、“どこにもない味”なんですわ」

伊藤きよ子さんと息子であり2代目の一郎さん

創業は昭和30年頃。今はなき先代が、この地で玉売り(うどん製麺所)をはじめ「その頃から、うどんやそば、丼を出すようになったんです」とは奥様の伊藤きよ子さん。息子であり2代目の一郎さんとともに、厨房で黙々と料理を仕上げていく。きよ子さんの機敏さたるや、とてもじゃないが、御年91歳とは思えない。

お品書き

「まいど、いらっしゃい」。この日の一番客は、食堂の近くに住む、白石さん親子。「立ち退き前から、通っていますよ」と言いながら「私は、天ざるお願いしよかな」。「ほな私も」「僕も同じで」と続く、娘さんと息子さん。

店の歴史を、常連客から聞けば聞くほど、いかにこの食堂が町内の人たちに愛され続けてきたのかが分かる。ときは昭和から平成に差しかかる頃。「今川屋食堂」は地上げに遭い、移転を余儀なくされた。「前の店は、ここから徒歩30秒の近所でした。新しい物件がなかなか見つからんから、店を辞めようか、別の場所に移転しようかって話にもなってねぇ」とご主人・一郎さん。

そこで立ち上がったのが、この食堂を愛する人たちだった。白石さん曰く「この場所、もともと毛糸屋さんやったんですよ。閉店するって言うから、“ほなここに食堂の移転はどやろ?”って町の人らが、今川屋さんに物件を紹介したげたんや。この店がなくなったら、それは大問題やと、みんな必死やったで」と当時を懐かしむ。

野菜を処理する手元

「えぇお客さんに出会えて、先代も私らも幸せ者ですよ」と、きよ子さんは、天ざるの調理に取り掛かる。野菜の天ぷらは「切りたてやないと美味しくない」と、カボチャやナスなど素材を切りはじめるところから。

「はい、お待ちどうさん」と、供された天ざるは、「ふつうの味なんやけど、ほんまに美味しいの」と白石さんが言えば「だからいつもお客さん多いねん」、「メニューも多くて飽きへんし」と白石親子はにこやかに話してくれた。

白石さん親子

11時半をすぎた頃からテーブル席はゆっくりと埋まり、同時に出前の注文が入り始める。「はい、けいらんうどん、親子丼2つね。おおきに」。一郎さんが電話口で受け答えすると同時に、きよ子さんは、丼の材料を冷蔵庫から取り出す。さらに、湯煎にかけておいたうどんだしを小鍋に移し、別の大鍋でうどんを茹で始める。ふたりに言葉はなくとも、阿吽の呼吸が絶妙。

けいらん
おかもち

一郎さんは、おかもちを携え「店内で過ごすお客さんの迷惑にならんように」と、壁一枚を隔てた通路から表へ。バイクにまたがり颯爽と駆けて行ったかと思えば、3分経たずして戻り、次の調理に取り掛かる。「昔からな、大阪の人はせっかちやから、待たせたらアカンのですわ」と、隣できよ子さんは呟いた。

バイク

早い時間は、町内の年配客たちが席を埋め、昼のピーク時には作業着やスーツ姿の男性客が忙しなく飯をかっ込む姿も。「呑む」というよりは「しっかり食べる」常連が多くを占めるが、ランチが落ち着いた昼下がり。シルバーカー(高齢者用手押し車)を押してやってきたのは、「週に5日くらいはおじゃましています」という近所の青木さん。

「いつも満席やからね。ちょっと時間をずらして来て、マスターに『いい?』って聞いてから呑むんです(笑)」。

青木さん

「ほんまにお酒がお好きな方やから。帰り道に怪我などされんように、お酒は3合までにしていただいています」と一郎さん。地域に根ざす食堂らしい、人と人との絆を感じる。
今日の青木さんは、「五目そば」の気分のよう。酒3合目が後半に差し掛かった頃合いに、具がたっぷり入ったラーメン鉢が供された。

五目そばを食べる青木さん
五目そば750円。日本酒は1合400円。お酒は全て小鉢のつまみ1品付き。

鶏ガラや干し椎茸がベースのスープに浸かった、炒め野菜や豚バラ肉をつまみながら、杯を重ねる青木さん。静かにゆっくりと、箸を進める所作が美しい。「おいしさは人によって違うけれど、僕にはここの味がバッチリ」と、満面の笑みを浮かべる。
「この食堂と病院へ行くのが楽しみですし、私にとっての生きがいです」と言いながら青木さんは、ボリュームたっぷりの五目そばを完食した。


この日の常連は、和洋中揃う「今川屋食堂」の品書きの如く、バラエティに富んでいた。ランチ客が落ち着いたタイミングでやってきたのは、男性ふたり客。

少路和伸さんと松本喜宏さん

町内に実家があるという画家の少路和伸さんと、大阪市内で魚介類専門のイタリア料理店を営む「Trattoria Pappa」松本喜宏さんだ。「子どもの頃から来ていますよ」と話す少路さんは、「誰を連れてきても、うまい!って喜んでくれる」と自慢気だ。「僕は7年前、少路に連れてきてもらってから、どハマり。大好きな食堂ですよ」と松本シェフは、休日の昼酒、一杯目に口をつけ始めてニンマリとしている。

その向かいで少路さんは、「何が好きって、うどんです。ここのは、“唇でちぎれる”うどん!コシがあったらアカンねん。しかも、ふわっと甘くやさしいだしが、麺にえぇ感じに染み込んで旨いんや」と語りはアツい。

一郎さんによると「大阪のどこにでもある昔ながらのうどんです。麺は近所の製麺所から引いています。だしは親父の代から、材料も配合も変えてません。何か最近、調味料そのものの味が変わることがあり、微妙に調整はしてますが」。
だしは、道南産の真昆布をベースに、サバやカツオなどのブレンド節を加えてコクと旨みを引き出し、薄口醤油、みりん、砂糖とザラメで、やんわり甘く味を調えている。

だし

「こないだはきつねうどん食べたし、今日はカレーうどんにしよ」と少路さん。「ここのカレーうどんは、どこの食堂にもありそうで、“どこにもない味”なんですわ」と名言が出た。

小路さん

「何の変哲もない、うどん屋のカレーうどんですよ」と、厨房で手を動かしながら微笑む一郎さん。「小麦粉をヘッド(牛脂)で炒めて、純カレー粉などを入れてルゥを作り、うどんだしで溶いています。これも親父の代から何も変えていません」。具は肉とネギという潔さだ。

カレーうどん

「スパイシーさとは対極にある、じんわりとしたおいしさが、やらこい麺に絡んで最高なんです」とハフハフ味わう少路さん。松本シェフは「何を食べても当たりばかりなのは、今川屋食堂ならではの“優しさ”があるからやね」と、ビールとともに天丼の“台抜き”を味わっている。シメには中華そばがお決まりだとか。

台抜き

さて、その中華そば。スープは、うどんだしと鶏ガラのだしをベースに、干し椎茸を加えて旨みをプラス。松本さん曰く「黄色い麺に、チャーシューとメンマ、椎茸、なると、以上。中華そばはこれでえぇねん。いや、“これが”えぇねん」。

松本さん
黄そば

「味、何も変わらへんのがほんまに嬉しいんです。これからも帰省するたびに通い続けます」と少路さんは締めくくった。

伊藤きよ子さんと息子であり2代目の一郎さん

「お客さんの喜ぶ顔がみたい一心で頑張っています」と、一郎さんときよ子さんは二人して微笑む。「今川屋食堂」は、町内や通りを歩く人とつながっている。だから代替えがきかないし、これからも町内の人や常客たちに支えられ、支え続けるのだろう。

店舗情報店舗情報

今川屋食堂
  • 【住所】大阪市東住吉区西今川3-13-14
  • 【電話番号】06-6702-0685
  • 【営業時間】11:00〜20:00
  • 【定休日】火曜
  • 【アクセス】近鉄南大阪線「今川駅」より徒歩5分

文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾

船井 香緒里

船井 香緒里 (フードライター)

福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。料理専門誌やカルチャー誌、ウェブなどの編集・執筆を行う。食の取り寄せサイトや飲食店舗などのキュレーションを手がけるなど、食を軸としながら縦横無尽に展開。暴飲暴食を日課とし、ジョギングとロードバイクにて健康維持。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。