はらぺこ本屋の新井
ぎゅうぎゅうに詰めていこう!

ぎゅうぎゅうに詰めていこう!

このご時世、ともかく敬遠されがちな「密」。ですが、食いしんぼう書店員の新井さんは、ちょっと違うみたい。

「兵馬俑(へいばよう)」をご存知だろうか。兵士や馬の形をした土色の物体が、何百何千と整列している写真を、歴史の教科書で見たことがあるはずだ。古代中国では、死者とともに「俑」と呼ばれる人形を、墓に埋葬する習慣があった。皆同じ方を向き、行儀良く整列をしているのだが、今の感覚で言えば、前後左右の人との距離が近すぎる「密」な状態である。

秦の始皇帝に叱られそうだから、ここだけの話にしてほしいのだが、私には、あれがなんだか、人形焼きが箱に詰められているように見えるのだ。おかげで、そこは墓場だというのに賑やかで、怖さが一切感じられない。死後の世界で王様が寂しくないようにと、詰められるだけ作って隙間なく並べてあげたのだろう。違うかもしらんけど。

箱の中で窒息しそうな人形焼き、お重にぎゅうぎゅうのいなり寿司、バットに整列した生餃子、規則正しく詰め込んだクッキー缶。いずれも、密であればあるほど、私には好もしく見える。それが自分のために用意されたものなら、なおさらだ。

『あんぱんジャムパンクリームパン 女三人モヤモヤ日記』は、ライター・編集者の青山ゆみこさんと、校正者の牟田都子さんと、翻訳家・エッセイストの村井理子さんによる、交換日記スタイルのエッセイ本だ。肩書きもライフスタイルも異なるが、3人とも言葉に深く関わる仕事をしている。そして、同じ時代に日本で暮らし、新型コロナウイルスの影響を受けている。

全てが収束し、平穏を取り戻してから綴るのではなく、モヤモヤの答えも出ない渦中に、直接会うこともままならず交わされた言葉たちが、1冊の本にパッキングされる。それはきっと、時間を経ても変質しない、貴重な生の記録だ。本を開けば、3種類の焼きたてパンが、汗をかいて並んでいる。酵母の匂いがムッと立ち上って、あの時の感覚を何度でも思い出すことができるだろう。

中学生の息子2人と暮らす「クリームパン」こと村井さんは、長期間に渡る自粛生活で、休校になった彼らの胃袋を満たし続けることが最も大変だったようだ。添えられた写真には、バッドに並んだ惣菜屋みたいなフライや、サラダバーみたいな野菜盛りが写っていた。たまねぎやじゃがいもを毎週箱単位で購入していたというから、育ち盛りの男子がどれだけ腹ぺこな生きものなのかが想像できるだろう。だが、大変だなぁと思う前に、私はその写真に釘付けになって、兵馬俑的な喜びを感じていた。いまだ収束が見えない中、村井さんの力強い「おさんどん」が、何かの答えのように光って見えたのだ。足りなくないように、めいっぱい作ってぎゅうぎゅうに並べることは、相手と自分の立場に関わらず、人間の持つ純粋なる思いやりなのではないだろうか。

兵馬俑はよく見ると、微妙に表情が異なっている。あの当時、人形を1体作るのだって、大変な労力と時間がかかったことだろう。いくら王様が作れと命令したとて、もう死んでいるのだし、何もあそこまでやらずに、ほどほどで終わらせることだってできたはずだ。だが、遥か昔の中国には、人形を作ってびっしり並べる人がいたし、現代の日本には、おかずを作って皿に盛り上げる人がいる。

大変な時でも、人間にはそういう気持ちが湧き出るということを、私は何度だって思い出したい。

今回の一冊 『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』 青山ゆみこ・牟田都子・村井理子(亜紀書房)
仕事、急に増えた家事、家族やペットのこと、必死で探したほっとする時間。人生を揺るがす出来事を前に、戸惑い、恐れ、苦しむ。でも、おいしいものを食べて、みんなで話せば何とかやっていけるかも。日々のモヤモヤを3人でつづるエッセイ集。

文:新井見枝香 イラスト:そで山かほ子

新井 見枝香

新井 見枝香 (書店員・エッセイスト)

1980年、東京生まれ下町(根岸)育ち。アルバイト時代を経て書店員となり(その前はアイスクリーム屋さんだった)、現在は東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で本を売る。独自に設立した文学賞「新井賞」も今年で13回目。著書に『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』(秀和システム)、『本屋の新井』(講談社)など。