ピエール・ガニェールの120分。
ピエール・ガニェールが歩いた道 trois

ピエール・ガニェールが歩いた道 trois

ピエール・ガニェール氏は、歩むスピードを少しもゆるめようとはしない。料理をすることを楽しみながら進むガニェール氏の道は、まさにゴーイング・マイウェイ。来日を果たしたシェフに聞いた、生涯一料理人の人生について。

時代は変わっても、変わらないこと。

ピエール・ガニェール

ピエール・ガニェール

1950年、フランス生まれ。料理人。パリ8区のバルザックにある三つ星レストラン「ピエール・ガニェール」をはじめ、世界各国で23店舗を展開するオーナー・シェフ。日本は2005年から2009年まで東京の青山、2010年3月より「ANAインターコンチネンタルホテル東京」36階に店舗を構える。分子ガストロノミーの考えを取り入れるなど、アグレッシブに料理と向き合い続ける、世界的にも影響力の強い料理人のひとり。

半世紀にも及ぶ長い料理人人生を歩んできたピエール・ガニェールシェフ。
つねに第一線に身を置いてきた彼は、その間、自身の中での変化、大きな転換期はなかったのだろうか?
即座に返ってきた答えは「ノン、ノン」。

アンディーブ・オ・ジャンボン/フォアグラ/クレソンサラダ

黒トリュフコースの3品目。フランスでは家庭料理としてお馴染みのアンディーブとハムのグラタンをガストロノミー的な一皿に昇華させている。黒トリュフをのせるだけでなく、ベシャメルソースの中にもトリュフのジュースと黒トリュフをたっぷり加えている。スペッツリというアルザスのパスタ生地でアンディーブとハムを巻き、モルネーソースをかけてグラチネ。カネロニのように仕上げている。
黒トリュフコースの3品目。フランスでは家庭料理としてお馴染みのアンディーブとハムのグラタンをガストロノミー的な一皿に昇華させている。黒トリュフをのせるだけでなく、ベシャメルソースの中にもトリュフのジュースと黒トリュフをたっぷり加えている。スペッツリというアルザスのパスタ生地でアンディーブとハムを巻き、モルネーソースをかけてグラチネ。カネロニのように仕上げている。

目まぐるしく移り変わる世界の食シーンに対して思うことを訊ねると、巨匠らしいひと言が返ってきた。
「それぞれの時代で食のトレンドはあります。分子ガストロノミーがもてはやされた時期もありました。モダン・スパニッシュが脚光を浴びたかと思えば、発酵をテーマにしたニュー・ノルディックキュイジーヌが注目を集めたようにね。食の歴史の中で考えると、私個人としては大きな動きではなかったように思います。普遍性があるのかどうか。長く続くということ、そこに正しさがあるのではないでしょうか。そう私は思います」
重みのあるその言葉からは、大木のように揺るぎない信念に満ちた自負を感じずにはいられない。真の天才だけが持ち得るプライドが静かに漲っている。

鱗焼きにした金目鯛/マッシュルームのコンソメ 雲丹とともに

黒トリュフコース4品目に登場する魚料理。肉厚にカットした金目鯛は、ふわっと軽やかな身質とサクサクの皮、ふたつの食感のコントラストが楽しい。マッシュルームのコンソメがトリュフの香りを引き立てる。
黒トリュフコース4品目に登場する魚料理。肉厚にカットした金目鯛は、ふわっと軽やかな身質とサクサクの皮、ふたつの食感のコントラストが楽しい。マッシュルームのコンソメがトリュフの香りを引き立てる。
テクスチャーの妙を活かすため、金目鯛は鱗をつけたままポアレする。
テクスチャーの妙を活かすため、金目鯛は鱗をつけたままポアレする。
コンソメはテーブルで注がれ、仕上げはお客さまの目の前で。
コンソメはテーブルで注がれ、仕上げはお客さまの目の前で。

2002年、ロンドンにガストロ・ブラッスリーとティーサロン、バーを併設したレストラン「スケッチ」をオープンさせたガニェール氏は、2005年には日本へも進出。東京は青山に「ピエール・ガニェール・ア・東京」を誕生させる。

インタビューで「料理人は正直であることが大切なのです」と語ったガニェール氏。その言葉が印象的だった。
インタビューで「料理人は正直であることが大切なのです」と語ったガニェール氏。その言葉が印象的だった。

それより遡ること20年ほど前。1984年、ミシュランの二つ星を取る少し前に、ガニェール氏は初めて日本の土を踏んでいる。
このときの経験は、ガニェール氏にとって、ちょっとしたカルチャーショックだったようだ。それまでモヤモヤと心のうちにあったものが、日本の文化に触れて明確になったと言った方がいいだろうか。
「私自身としては、料理そのものよりも、料理をどのように仕立てているかに興味がありました。たとえば、小さいものを少しずつ多様なスタイルで提供することにはとても共感を覚えたのです。私もそのような料理の出し方を実践していましたからね。違和感よりも、シンパシーを感じましたね」

赤坂洋介氏
日本の「ピエール・ガニェール」で料理長を務める赤坂洋介氏。天才的な発想でつくり上げられた料理の数々をずっと傍らで見てきた。

青山の「ピエール・ガニェール・ア・東京」は、残念ながら2009年に閉店するものの、翌年に「ANAインターコンチネンタルホテル東京」の36階にカムバック。日本版のミシュランで二つ星を取り続けている。

ガニェール的フランス料理と日本料理の関係。

黒毛和牛肉のアンクルート ヘーゼルナッツオイルの香るカボチャのピューレ リンゴとチョコレートを効かせたペリグーソース

黒毛和牛肉のアンクルート ヘーゼルナッツオイルの香るカボチャのピューレ リンゴとチョコレートを効かせたペリグーソース
黒トリュフコースのメインとして登場する肉料理。黒毛和牛のヒレ肉に刻んだ黒トリュフをまとわせ、パイ生地で包み焼きにしたアンクルート。フランス料理の王道ともいえる一品。従来のそれに比べ、生地を薄くして軽やかにする一方、定番のペリグーソースにカカオプードルを加えてほろ苦さを演出。味をひきしめている。
メインの料理とともに運ばれてくるのが「ピエール・ガニェール」のロゴが入った木箱。
メインの料理とともに運ばれてくるのが「ピエール・ガニェール」のロゴが入った木箱。
蓋を開けると、中には立派な黒トリュフが入っていて、思わず歓声が上がる。
蓋を開けると、中には立派な黒トリュフが入っていて、思わず歓声が上がる。
間接的に火が入るため、しっとり柔らかく仕上がったヒレ肉が実に美味。
間接的に火が入るため、しっとり柔らかく仕上がったヒレ肉が実に美味。
黒トリュフは目の前でたっぷりと刻まれて、供される。
黒トリュフは目の前でたっぷりと刻まれて、供される。

和食が注目を浴びるようになり、和の要素を取り入れるフランス人シェフも多い昨今だが、現在のフランス料理の有り様を、ガニェール氏はどのように見ているのだろうか?
「今、フランス人の料理人が東京にいっぱい来ているでしょう(笑)。当然、変わってきていますよね。日本料理からの大きな影響は、まず、ブイヨン。出汁が挙げられます。私は日本料理をとても重要視しています。ひと口に和食といっても、ラーメンもあれば、天ぷらがあったり、鮨に懐石と実にさまざまなジャンルがある。その多様性は世界的にみても、とても重要なファクターではないでしょうか」

トリュフのスフレ

黒トリュフコースのデザートは全部で4品。口に入れるや淡雪のようにとろける食感が魅力のスフレは、その優しさに黒トリュフの高貴な香りが加わって、まさに天にも昇る心地。
黒トリュフコースのデザートは全部で4品。口に入れるや淡雪のようにとろける食感が魅力のスフレは、その優しさに黒トリュフの高貴な香りが加わって、まさに天にも昇る心地。

昆布や海苔、山葵に醤油、山椒などの日本食材を取り入れるフランス人シェフも多い。だが、ガニェール氏は、日本料理に対してリスペクトしつつも、日本の食材を積極的に使おうとは考えていないという。
その理由を訊ねると「イージーすぎるし、みんながやっていることだから」。
オリジナルを、絶えず追求しようとする姿勢は、若き日も今も変わらない。

赤ポルト酒でマセレしたプルーン/マダガスカル産ヴァニラのアイスクリーム

プルーン
プルーンはポルト酒を使って、より大人の味わいに。
アイスクリーム
なめらかでクリーミーなアイスクリームは、芳醇な趣き。

果たして、ガニェール氏はプレッシャーを感じないのだろうか?
「料理をつくる。それが私の仕事である以上は全うしなければなりません。お客さまに評価していただける、納得いただける仕事をしていかなくてはいけないのです。それをプレッシャーだと思うのではなく、自分自身への心理療法だと私は考えています。料理をつくることが、私とってはセラピーですから」

ライムの香るマンゴーのキューブ 黒トリュフの香るマロンのクリームとともに

さわやかなマンゴーのキューブと、甘さを抑えてしっとりとしたマロンクリーム。黒トリュフが香り、リッチな一皿。
さわやかなマンゴーのキューブと、甘さを抑えてしっとりとしたマロンクリーム。黒トリュフが香り、リッチな一皿。

モチベーションを保つ秘訣については、ガニェール氏はこう語ってくれた。
「モチベーションを保つ秘訣ですか。それはお金ではありません。美味しい料理をつくりたい。お客さまに幸せを届けたい。その一心から意欲が生まれ続けているのではないでしょうか」
フランスの大地とフランス料理をこよなく愛するガニェール氏。だからこそ、他国の料理に刺激を受けつつも、ぶれることなく自らのスタイルを貫いてきた。
その矜恃こそが、まさにモチベーションを保ち続ける秘訣なのかもしれない。
(了)

ガニェール氏と赤坂氏
ガニェール氏と赤坂氏。ふたりの共演はこれからも続いていく。2019年の“黒トリュフコース”35,000円(税金・サービス料別途)は3月3日まで。人気の黒トリュフコースは、毎年、趣きを変える。今年のコースは今年しか味わえない。

店舗情報店舗情報

ピエール・ガニェール
  • 【住所】東京都港区赤坂1-12-33 ANAインターコンチネンタルホテル東京36階
  • 【電話番号】03-3505-1111
  • 【営業時間】11:30~13:30(L.O.) 、18:00~20:30(L.O.)
  • 【定休日】月曜(祝日の場合は営業の場合あり)
  • 【アクセス】東京メトロ「溜池山王駅」「六本木一丁目駅」より5分

文:森脇慶子 撮影:湯浅亨

森脇 慶子

森脇 慶子 (ライター)

高校時代、ケーキ屋巡りとケーキづくりにハマってから食べ歩きが習慣となり、初代アンノン族に。大学卒業後、サンケイリビング新聞社で働き始めたものの、早々に辞めて、23歳でフリーとなり、食専門のライターとして今に至る。美味しいものには目がなく、中でも鮎、フカヒレ、蕎麦、スープをこよなく愛している。